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追悼 前田靖男先生

カテゴリ: 前田靖男先生への追悼文 作成日:2023年05月01日(月)

追悼、前田靖男先生

 

去る2023年4月26日、東北大学大学院名誉教授 前田靖男先生がご逝去されました。ここに謹んで哀悼の意を表します。

 

前田靖男先生は1942年12月に名古屋市にお生まれになり、名古屋大学理学部生物学科をご卒業後、大阪大学大学院在学中の1967年より京都大学理学部助手に就任、1971年に理学博士(京都大学)の学位を取得、1982年から2005年の期間、東北大学(同大学院)にてご研究と学生の指導に当たられました。同じく細胞性粘菌研究者でおられた大阪大学大学院の前田ミネ子先生の夫としても知られています。お二人の共著である「粘菌の生物学」(1978、東京大学出版会)は、細胞性粘菌という生物を学生や一般の方にも広く知らしめる啓蒙書として、長きにわたり増刷が繰り返されました。また、「Dictyostelium -A Model System for Cell and Developmental Biology-」(1996、Universal Academy Press)や「モデル生物:細胞性粘菌」(2000、アイピーシー)、「細胞性粘菌:研究の新展開」(2012、アイピーシー)などの専門書の編著者としても活躍されました。私共もこれらを愛読書として粘菌について多くを学んできました。

 

靖男先生のご研究は、先見性と深い洞察に根差したものであり、ときに論争を巻き起こしながら、数多くの研究者に刺激をあたえ続けてきました。研究活動の初期においては透過電子顕微鏡による微細構造観察で手腕を発揮され、1971年に発表された予定胞子特異小胞(PSV)の発見、1977年にスイス・バーゼルの客員研究員としてG.Gerisch博士との共同研究として取り組まれたサイクリックAMP分泌と関わる細胞内小胞形成の発見、東北大学に移られて間もなくには1984年の胞子外皮中に化学的に強靭な構造としてスポロポレニンがあることを発見するなど、今もなお科学的示唆を与える重要な発見をなさいました。

 

東北大学(同大学院)では、分子生物学的手法を駆使しながら、弟子たちの育成とともに数多くの共同研究を進められました。例えば、細胞周期から発生・分化期に抜ける移行ポイントの特定と分子レベルでの調節機構、サイクリックAMPシグナルと細胞運動、多細胞体の形態と比率調節、有性生殖過程の解析、分化調節に関わる分子機構の解析と新規分子の同定など、多岐にわたる分野で精力的な研究活動を継続され、ご退職後も研究への情熱は衰えることがありませんでした。

 

特にミトコンドリアが細胞分化に関与することを示す分子レベルでの成果は、PSVの発見における微細構造観察のデータに基づき、その形成がミトコンドリアに由来するという独自の主張と合わせ、靖男先生のライフワークといえるものであり、さらなる研究の展開を目指しておられました。

 

靖男先生は研究に没頭なさる傍ら、生涯の趣味としてテニスを続けておられ、勝負に強い本格派のテニスプレーヤーとして、また、テニスのマナーを重んじる正統派のプレーヤーとして、職場でも多くのご友人の輪を広げられ、ご退職後もご自宅近くのクラブのお仲間とプレーを楽しまれておられました。

 

誰にでも分け隔てなく等しく接してくださるかたであり、正義と真実を愛し、権威におもねることを嫌い、自らの明確な主張をもちながら、まさに我が道を歩み続けた方であり、議論すべきことがあればとことん納得がいくまで語り合うことを求める方でした。

 

それと同時に人間的な思いやりに満ちた方であり、周囲の者を引きつける自然な魅力にあふれた方であることは、靖男先生をご存じの方々は皆お感じのことであると思います。あのチャーミングな笑顔にお目にかかることができないと思うと、耐え難い寂しさを感じます。

 

前田靖男先生のご冥福をこころよりお祈り申し上げます。

 

阿部知顕

上田昌宏

前田先生のご写真

  

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