topfig

トップページ > 前田ミネ子先生への追悼文

前田ミネ子先生への追悼文

追悼、ミネ子先生


平成24年8月17日
筑波大学生命環境系 漆原秀子

 前田ミネ子先生が今月の13日にお亡くなりになりました。
 ミネ子先生は学生時代に細胞性粘菌に魅せられ、まだ細胞性粘菌研究者の少なかった時代から一貫してDictyosteliumの形態形成と細胞分化の研究に取り組んでこられました。長くお勤めになった大阪大学で、また東北大学前田靖男先生の研究室を通じて、日本細胞性粘菌学会会員の多くの方が親しくお付き合いをなさり、さまざまな思い出をお持ちのことと思います。30代半ばで細胞性粘菌の研究を始めた私はそれまであまり存じあげず、親しくさせていただく機会をもったのはDictyostelium cDNAプロジェクトが始まってからでしたが、それからの10年間は密度高くお付き合いいただきました。先生を偲んで思い出を述べさせていただきたく思います。
 ミネ子先生はパワフルで明るく、あくまで前向きな方でした。最初の強烈な印象はcDNAプロジェクトがサポートを受けていたゲノム重点領域研究の初期、富山での班会議です。私たちは全くの異分野に面食らい、二人で競うように、それこそ気のすむまで質問をしましたが、今にして思えば「『二人とも』若かった」のでしょう。10歳の年齢差は全く感じませんでした。宿泊も同室で、深夜までボソボソと話しました。「私はいろんな人にかわいがってもらって本当に幸せだった。」とあの笑顔でおっしゃったときは、この先生がものごとをネガティブにとらえることはあるのかしら、と思ったものでした。「やさしく育てられたら自分もやさしくなる」ということを聞いたことがありますが、いろいろな若い人たちをとても良く面倒見なさったのも、そういうポジティブな受け止め方によるものかもしれません。
 研究をとても大切にしていらしたと思います。cDNAのプロジェクトは参画者にとってはボランティア的要素があり、そのためもあって意見の一致が見られないことも多々あったのですが、ミネ子先生は何とかまとめていこうと腐心されていたと記憶しています。細胞性粘菌の発生メカニズム理解にはこのプロジェクトは絶対必要なのだから、という強い信念をお持ちでした。cDNA解析データを利用して行われたWhole mount in situ hybridizationによる空間的遺伝子発現解析結果はデータベースATLASとしてプロジェクトHPから全データが公開され、私自身もむしろ最近になってよく利用していますが、この研究をなさっていたのは手術後のことでした。当時それを事実として知っていても周囲の人間は忘れてしまうほど、徹底的に強い方でした。
 ミネ子先生の研究歴の中で、論文発表が見られない期間があります。おそらく出産・育児の時期だったのだろうと推測していますが、その後は単身海外のラボで研究に打ち込まれるなど、実に積極的な行動の人でした。訃報に接して最初にいだいたのは何とも言えない喪失感でしたが、今頭の中に浮かんでいるのは、ロールモデルという言葉です。この多用され過ぎている標語が、こんなにも実体を伴って大切なものと素直に受け入れられるとは思ってもみませんでした。
 明るく、強く、前向きに人生を楽しんでこられた圧倒的パワーの先輩女性研究者の姿に心からの敬意を表し、ご冥福をお祈りいたします。